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<<   作成日時 : 2006/10/19 17:23   >>

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ダントンです。今回も福留貴美子拉致事件です。
今年の6月に神奈川県藤沢市に行われた
「福留貴美子さん拉致事件を考える集会」の

紹介の東京新聞の記事です。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060604/mng_____tokuho__000.shtml
より転載


もうひとつの拉致 よど号犯の妻福留さんは今?
『だまされたの明白』

 「もうひとつの北朝鮮拉致事件」がある。30年前に出国、消息を絶った福留貴美子さん=失跡当時(23)=のケースだ。平壌でよど号ハイジャックメンバーの妻となったが、対日工作加担の疑いもあるからか、いまだ政府から拉致被害者と認定されていない。しかし「だまされて北朝鮮に連れて行かれたのは明らか。生存の可能性もある」と関係者らが3日、本格的な救出活動を始めた。 (坂本充孝)

■失跡から30年 初の救出集会

 三日。神奈川県藤沢市のホールでささやかな集会が開かれた。約五十人の聴衆を見つめるように、ホワイトボードの真ん中で帽子をかぶった若い女性の写真が笑顔をつくっていた。その女性こそが、失踪(しっそう)以来初めて救出集会の主役となった福留貴美子さんだった。

 福留さんは一九五一年高知県生まれ。県立高校を卒業後、上京して警備会社に勤めながら短大に通い、七六年七月十六日に友人に「モンゴルへ行く」と言い残して羽田から出国した。この後のことは、よど号犯の妻だった八尾恵氏が著書「謝罪します」(文芸春秋)の中で証言している。

 八尾氏によると、福留さんは、だまされて北朝鮮へ連れて行かれ、七七年五月に、平壌でよど号犯のひとりである岡本武容疑者と強制的に結婚させられた。

 二人の娘を出産した後、対日工作を手伝うために、東欧へ出国。また八〇年には日本に潜入、横浜の友人宅に宿泊しているが、すぐに北朝鮮に連れ戻された。この後の八二年か八三年ごろ、岡本容疑者と福留さんの夫婦は、ほかのよど号グループと路線対立が顕著になり、ある日、暴行を受けて、手足をぐるぐる巻きにしばられたまま、朝鮮労働党のワゴン車でどこかへ連れ去られたという。

 以後の消息は定かではない。よど号グループは、二人が八八年ごろに土木作業中に落盤事故にあって死亡したと発表しているが、強制収容所へ入れられた二人が、漁船を盗んで国外脱出を試みて、失敗したとする説もある。

 「北朝鮮に拉致された日本人を救出する神奈川の会」の川添友幸会長が、この日、あえて福留さん問題を中心に据えた集会を開催した理由を説明する。

 「よど号グループの妻になった日本人女性は全部で八人いますが、大部分は日本にいるころから主体思想を学ぶなどして、自分の意思で平壌に渡った人たちです。ところが福留さんには、思想的な下地がまったくない。父は警察官で、彼女自身も剣道に励み、就職は警備会社を選んだ。モンゴルにあこがれたのも父が中国東北部にいたからだそうで、北朝鮮に行ったのは完全にだまされたとしか思えない。ほかの妻たちとは事情が違う。しかし、よど号グループの同志獲得工作の犠牲となった人たちとも一線を画されており、すきまに落ちたような状態です」

 よど号グループの暗躍によって北朝鮮に拉致された日本人は、有本恵子さん=八三年七月欧州で失踪、石岡亨さん=八〇年五月欧州で失踪、松木薫さん=八〇年五月欧州で失踪=がいる。警視庁公安部は二〇〇二年に有本さんを拉致したとして結婚目的誘拐の疑いで、同グループの安部公博容疑者を国際手配。石岡さん、松木さんの拉致についても、同容疑者らがかかわったとみている。

 このため三人は政府が認定した十六人の北朝鮮拉致被害者の中に入っているが、福留さんだけは認定されないままだ。

■無事生還叫ぶ家族もなく…

 拓殖大学教授で特定失踪者問題調査会代表の荒木和博氏が語る。「昨年十月、よど号グループに絡む民事裁判の法廷で警視庁の幹部が福留さんは拉致被害者と認定できないと証言した。日本潜入中に逃亡も可能だった、東欧の大使館に自分で出向いて旅券更新をしたなどが理由だという。だが福留さんは、平壌に二人の子供を人質に取られ、旅行中も常に監視を受けていた。監禁されていたのと何ら変わりはなかった」

 実は今年二月に北京で行われた日朝実務者協議で、日本の外務省が北朝鮮に安否確認をした三十六人の中には、福留さんの名前もあった。それでもいまだ外務省と警察庁の足並みの乱れは解消されておらず、支援者らは拉致被害者救出運動から、福留さんが消えてしまう危機感を持つ。

 また福留さんには救出を叫ぶ家族がいないのも不利だ。娘の身を案じ続けた母・信子さんは〇二年一月に八十八歳で亡くなった。二十二歳と二十七歳になる娘は、ほかのよど号グループの子供らとともに帰国したが、同グループの妻の監視下で大阪で暮らしている。

 この日の集会には松木薫さんの姉の斉藤文代さん、増元るみ子さんの弟で「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」事務局長の増元照明さんらも姿を見せた。

 斉藤さんは先月、ノルウェーで開催された「北朝鮮の人権と難民国際会議」にも参加、斎賀富美子大使に問題解決への協力を要請したことなどを話した。

 「弟とお酒を飲むのを楽しみにしていた父は、夢がかなわぬまま亡くなりました。母も認知症が進むが弟の顔を見たいと言います。拉致された人全員が帰れるよう、協力をお願いします」

 増元氏は「高校一年のときによど号事件が起き、高校三年のるみ子とひとごとのようにテレビを見ていた。まさか、あのよど号事件が後に自分の人生にこれほど深くかかわってくるとは思わなかった。朝鮮労働党は、よど号グループを見て、日本人は工作活動に使いやすいと確信を持ったのではないか。その意味で、一連の拉致事件の原点はよど号事件であったかもしれない」と話した。

 よど号グループの対日工作の実態を暴いた「宿命」(新潮社)の著者であり、「福留貴美子」の名前に初めて着目したジャーナリストの高沢皓司氏も、会場の片隅で、「福留貴美子さんは生きていると思う」と力を込めて話した。

 「よど号グループは、夫婦のお墓が並んでいると言っているが、もしも二人が彼らの説明のように落盤事故で死んだのならば、これはおかしい。儒教社会の北朝鮮では嫌な死に方をした人は霊が残るとして墓には葬らないものだ。うそをつく理由は何か。夫婦が生きている証拠ではないのか」

■サミット後に新たな動きも

 また同氏は、こうも話す。「北朝鮮は追い込まれている。米国のブラフ(脅し)で、中国が北朝鮮から距離を置き始めたが、中国はたったひとつの生命線で、これが切れれば存続はできない。七月の主要国首脳会議(サンクトペテルブルク・サミット)の後で、北朝鮮が日本に大きな取引を持ちかけてくるという情報が流れている。向こうの取引材料は、拉致被害者だけ。だからひょうたんから駒が出てくるかもしれない。今が正念場。ヤマ場ですよ」


<デスクメモ> 先月、ノルウェーで開かれた「北朝鮮の人権と難民国際会議」で、地元記者は「拉致問題は、北朝鮮が自国民を連れ戻したのだと思っていた」と語ったという。会議には松木薫さんの姉が参加したが、拉致は大きな焦点にはならなかった。問題解決には無関心や無知が大きな壁となる。地道な活動を見守りたい。 (鈴)

東京新聞 6月4日朝刊



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