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ロシア、北朝鮮への制裁導入 大統領令署名

2010/03/31 08:06
ロシア、北朝鮮への制裁導入 大統領令署名 2010/3/30 23

 【モスクワ=金子夏樹】ロシアのメドべージェフ大統領は30日、北朝鮮への制裁を定めた昨年6月の国連安全保障理事会決議に沿い、北朝鮮との武器取引などを禁じる大統領令に署名した。武器の輸出入を禁止するほか、核・ミサイル技術の開発に絡む金融サービスの禁止など金融制裁も導入する。  核・ミサイル関連などの禁制品を積むとみなす「合理的な理由」がある場合、船舶や飛行機などの貨物を検査する。

http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C9381959FE1E2E2E19B8DE1E2E2E1E0E2E3E29494E3E2E2E2

ダントンです。日経新聞の記事ですが。
今なぜこの時期のロシアがこのような
動き出たのかを見てみると
昨日のG8で北朝鮮への六カ国協議復帰
が求めれましたその意味で
ロシアとしても制裁という力で北朝鮮に六カ国協議復帰を
促したいのでしょうね。現在、北朝鮮は核やミサイルのような
大量破壊兵器の輸出は国際的な非難に
なるので通常兵器の輸出に力を入れていると聞き及びます。
その意味でロシアの制裁参加がどこまで影響があるか不明ですが
様子を見てみたいと思います。
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よど号帰国問題に対して

2010/03/30 17:19
「赤軍派のやり方だめだった」「そろそろ帰国しないと」よど号事件から40年
2010.3.30 01:06

このニュースのトピックス:テロ
 日航機「よど号」乗っ取り事件から31日で40年になるのを前に、北朝鮮に残るよど号犯のメンバーが産経新聞の電話取材に応じた。メンバーは「あっという間に過ぎた40年」「よど号問題は政治的遺物」と述べた上で、「北朝鮮ではいつもお客さんと感じてきた。60歳を過ぎてお客さんとはかい性がない。そろそろ帰国しないと」と語り、日朝外交上の“お荷物”となっている現状を事実上認めた。

 電話取材に応じたメンバーは、若林盛亮(もりあき)容疑者(63)を名乗った。北朝鮮に暮らすメンバーは家族を合わせ一時30人を超えたが、逮捕されたり、子供ら全員が昨年末までに帰国したため、残るのは乗っ取りと日本人拉致の両事件で国際手配されている6人だけとなった。メンバーは「寂しくなった。(平壌での)商店運営など経済活動からも退いた」と述べた。

 北朝鮮での40年間の生活を「苦労していない」「日本で言えば富裕層」とした上で、昨年11月に実施され、経済混乱を招いているとされるデノミネーション(通貨単位の切り下げ)を受け、「外貨が入り、得をしていた人が前より落ちた」「闇のレートがあったが、なくなった」と打撃を被った事実に触れた。

 金正日総書記の三男、ジョンウン氏(28)への後継委譲については、ジョンウン氏をたたえるとされる歌の存在は知っているとした上で、「金総書記の(後継委譲の)ときは僕らでも分かったが、そういう雰囲気は感じない。あまり国民は意識していないんじゃないか」と語った。

 メンバーの日本人拉致事件への関与については「代を継いで革命をやるために結婚目的で誘拐したとされているが、そんな悠長なことはない。われわれの代が何もしていないのに。まず帰国が目的。逮捕状自体認めるわけにはいかない」と述べた。

 40年前の事件を振り返って「赤軍派路線自体がむちゃな路線だった。『われわれはあしたのジョーである』と言って“リング”に上がったが、やはり赤軍派みたいなやり方はダメと分かった」と、武装蜂起による日本革命やそのための国際根拠地建設論を実行犯自らが否定した。

 6人の処遇をめぐっては、一昨年の日朝協議で北朝鮮側が引き渡しへの協力を表明したが、交渉に進展はなく、宙に浮いた状態となっている。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100330/crm1003300108002-n1.htm


この国は終わるんじゃないか」…よど号乗っ取り犯メンバー どん底の北朝鮮生活を目の当たりに
2010.3.30 01:03

このニュースのトピックス:紛争・クーデター・革命
 「この国は終わるんじゃないかと思った」。北朝鮮に残るよど号乗っ取り犯のメンバーは、最近面会した関係者にそう振り返ったという。北朝鮮で200万〜300万人の餓死者が出たとされる1990年代後半の飢饉(ききん)を指しての言葉だ。事件から40年。よど号犯らの北朝鮮での生活とはどんなものだったのか。

 関係者によると、平壌市郊外の「日本人革命村」で庶民とは隔絶した生活を送ってきた彼らが飢饉当時、北朝鮮で聖山とされる白頭山にドライブに出かけた。革命村から一歩出て、急激に増えた物ごいに転落した一般市民の数に驚いたという。

 経済難の影響はやがて革命村にも及ぶ。自宅に電気が来なくなり、真冬に暖房が止まった。朝起きてネズミが凍死しているのを目にした。その瞬間、北朝鮮の最後を感じたのだという。

 昨年11月に実施されたデノミネーション(通貨単位の切り下げ)後にメンバーは「えらい打撃を受けた」と別の関係者に打ち明けた。外貨を自由に使える分、闇レートの利ざやで潤ったが、デノミ後の北政府による外貨使用禁止や闇レートの乱高下が影響したとみられる。だが、「あの(飢饉の)ころと比べれば、経済は持ち直し、生活に困ることはない」とも関係者に話している。

 彼らがいかに庶民とかけ離れた生活を送っているかを物語るひと言も漏らしている。「理髪店に行く以外はほとんど(現地通貨の)ウォンを使ったことがない

 元赤軍派の中には、物江氏のように運動を続けている人も、そうでない人もいる。当時のリーダー、塩見孝也元議長は、20年近く服役した後、今は東京で市営駐車場の管理人の仕事をしながら運動を続けている。

 塩見氏は最近、当時の活動家仲間らを集め、自らの「生前葬」を計画。関係者にあてた案内状にはこんな文面が記されていた。「かつて散々社会をお騒がせしました塩見孝也が、最後のお騒がせをすることになりました」

 一方、国内に戻った実行犯メンバーの家族は、東京と大阪に別れ、それぞれの暮らしを営んでいる。北朝鮮で生まれた子供たちも日本の生活に慣れつつあるが、就職などで厳しい待遇を受けることもあり、気苦労が絶えないという。

 北朝鮮に残るメンバーとは、離ればなれの暮らしが続く。だが、家族の一人は「それは覚悟の上のことですから」と静かにつぶやいた。




【よど号グループとその家族など】

 田宮高麿(代表) 北で死去 ※妻、子3

※小西隆裕     65歳   妻、子2

※赤木志郎     62歳   妻、子1、妹一家4

※魚本(安部)公博 62歳   妻、子3

※若林盛亮     63歳  ※妻、子2

 岡本武      北で死去? 妻(北で死去?)、子2

 柴田泰弘     56歳  元妻、子2

 田中義三     服役中死去 妻、子3

 吉田金太郎    北で死去? 未婚?

※は在北朝鮮、敬称略
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100329/crm1003291321016-n2.htm

ダントンです。この数日、よど号関係の記事が出ていますね。
今年、事件発生から40周年ですからこののような記事や催しも
行われます。二つの記事を見ていてダントンが思ったのは
北朝鮮における彼らの立場です。亡命者という立場やお荷物という
立場と様々な見方が有りますがどれも正解だと思いますが
ダントンの個人的な見方はは北朝鮮労働党工作組織の
一部と言う見方です。
実際、彼は朝鮮労働党56課所属という形で労働党の幹部の指令を受け
日本国内への潜入、欧州、アジア、南米と様々な場所に工作活動に
赴き、工作活動や日本人拉致工作にかかわってきたのは事実だと思います。
その意味で彼らは現在、自分たちで自分たちの帰国等を決定できるかを
決められる権限はないと思います。その意味でよく北朝鮮に行った識者が
よど号のメンバーと会い、帰国問題を討議したいますがダントンは
冷やかな目で見ています。簡単言うなら、いくら彼らが帰りたくても
北朝鮮指導部の判断が必要であり、ダントンは
北朝鮮指導部は今、よど号グループに
何の日朝交渉での政治的役割はないと判断しています。
その証拠に先月、救う会神奈川の市民集会で講演した北朝鮮と
秘密交渉していた井上元総理秘書官も自分が担当していた日朝交渉では
北朝鮮側からよど号問題の提起はなかったと発言しています。
彼らの政治的な役割は殆どなく、有る意味、日朝間の『お荷物』という
表現が適当かも知れません。
ダントンが注目しているのは
彼らの1980年代に行った工作活動では日本人拉致工作以外にも
中東の日本赤軍との共同作戦です。日本赤軍との共同作戦に関しては
まだ実態は解明されていませんが、国際警察や各国情報当局の間では
公然の秘密だったようです。北朝鮮が世界中のテロ組織を支援している
ことの一端が明らかになる可能性もあります。
よど号グループと日本赤軍との事はまたまとめてみたいと思います。

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北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会 平成22年総会

日時 平成22年5月8日(土)16時半開場 17時開始

場所 天神ビル 11階9号会議室
   (福岡市中央区天神2丁目12−1)

特別講演 『よど号グループと拉致』

パネリスト 高沢皓司氏(ジャーナリスト)
      野村旗守氏(ジャーナリスト)
      川添友幸氏(救う会神奈川代表)
      上野一彦氏(救う会高知事務局長)
      北朝鮮による拉致被害者家族連絡会


主催 北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会
協賛 よど号グループに真相を究明する会



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黄元書記、4月上旬に来日 北朝鮮反発の可能性

2010/03/29 13:47
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黄元書記、4月上旬に来日 北朝鮮反発の可能性
2010年3月28日4時6分


 北朝鮮から韓国に亡命した黄長ヨプ(ファン・ジャンヨプ、ヨプは火へんに華)・元朝鮮労働党書記が4月上旬に来日することがわかった。日韓関係筋が明らかにした。拉致問題への関心を高めるため、中井洽・拉致問題担当相が韓国政府に協力を要請、調整が続いていた。黄氏は亡命後、金正日(キム・ジョンイル)体制への批判を続けており、北朝鮮が反発する可能性がある。

 中井氏は日本政府が北朝鮮に対し制裁を科していることを理由に、日本で開かれる東アジア女子サッカー選手権大会に出場する北朝鮮チームの入国に反対したり、高校無償化の対象から朝鮮学校を外すよう求めたりしてきた。黄氏の訪日で日本の北朝鮮への強硬姿勢をいっそう印象づけることになる。

 また、黄氏自身は拉致問題に直接関与していないとされる。このため、来日しても拉致問題に関する新たな情報は得られないとの見方が強く、日本政府内には黄氏の来日は拉致問題の進展に逆効果になるとの指摘もある。

 黄元書記は北朝鮮の金正日総書記も学んだ金日成(キム・イルソン)総合大学で総長を務めるなど要職を歴任し、北朝鮮の国家イデオロギー「主体(チュチェ)思想」の創始者として知られる。1997年に韓国に亡命した。
http://www.asahi.com/international/update/0327/TKY201003270422.html

ダントンです。以前から出ていた報道です。
黄長Y元書記の訪日の動きが出てきました。訪日自体は良いですが拉致問題
でどこまで成果を知っているか疑問があります。現在の中井大臣の前のめりの
焦った姿勢に危機感を感じます。
成果がある招致でないといけないと思います。

ダントンの考えでは黄長Y元書記は思想的な指導の背景の方ですから
拉致問題にどこまで情報があるかは大きな問題です。
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北で耀徳収容所より恐ろしい甑山教化所

2010/03/24 00:48
北で耀徳収容所より恐ろしい甑山教化所

金正日 最近、中国から強制送還された脱北女性に「墓場」と呼ばれている場所がある。平安南道甑山郡にある甑山強化所だ。本来の名前は「教養所」だったが、2004年の刑法改正で「教化所」に変わった。


 北朝鮮で刑法が改正される前、拘禁施設は4種類あった。教化所、教養所、集結所、労働鍛錬隊だ。教化所は3年以上、教養所は2年以下、集結所と労働鍛錬隊は1年未満の刑を受けた囚人が収監された。


 甑山教化所が悪名を馳せるようになったのは、教養所から教化所に改名された後、「どれほど剛健な人間でも廃人になって帰ってくる」といううわさが広まってからだ。甑山教化所が映画『パピヨン』の監獄のようになったのは、金正日(キム・ジョンイル)総書記の政策によるものだ。


 金総書記は、「社会の綱紀を乱す犯罪者に対し、1年で10年分の鍛錬をさせよ」という命令を下した。短い時間に過酷な労働を強いる甑山教化所は、人間の身体を急激に損ない、その結果として多数の死者が発生した。


 記者が1987年に耀徳収容所から釈放された後、ある友人が暴行致死の疑いをかけられ、甑山に連行された。2年後に帰ってきた友人は、骨と皮ばかりに痩せこけ、きちんと歩くこともできないほどの廃人になっていた。その友人を見て、甑山は耀徳に劣らず恐ろしい場所だということを知った。


 甑山教化所に脱北女性が連行されるようになったのは、1999年からのことだ。90年代半ば以降、北朝鮮では餓死者が多数発生し、多くの脱北者が出た。大量脱北で体制崩壊の危機に直面した北朝鮮は、体制の整備に乗り出した。


 対外支援を基盤に危機を乗り越えた後、中国に逃走した北朝鮮住民を中国公安と協力し、大々的に北朝鮮へ強制送還し始めた。当時、はっきりした政治的疑いがない単純脱北の女性が、数多く甑山教化所に連行された。


 政治犯収容所が飽和状態になったからだ。北朝鮮は当時、甑山教化所内に、脱北女性だけを別に収監する特別区域を設けていた。キム・ヨンスクさん(仮名)は中国から強制送還され、甑山教化所に1年間収監された。

キムさんは既に新義州の道保衛部で6カ月にわたり取り調べを受け、体調を損ねていた。キムさんは「一緒に甑山に連行された17歳の少女は、保衛部の監獄で栄養失調にかかっていたが、そのまま甑山に連れて行かれ、その2カ月後に亡くなった」と語った。


 キムさんは、監獄に到着した初日から、ブタも食べないような水っぽい大根葉の粥を与えられ、1日12時間の労役を強いられた。キムさんは「体重が50キロから30キロに落ちて、これ以上は動けないという限界まで至ったとき、幸いにも大赦令を受けて釈放された」と語った。


 数百人の脱北女性のうち70%が栄養失調になり、毎日2−3人ずつ死んでいったが、遺体を納める棺はなく、ビニールで包み、共同埋葬地に埋めたという。04年に甑山へ連行されたある脱北女性は、そのときのショックで今も苦しんでいる。


 その女性は、「埋葬地に到着すると、犬が集まり遺体を掘り返して食べている姿に驚愕した」と語った。人の手足があちこちに散らばっていたほか、人骨が積み上げられた光景に、一度埋葬地に行った囚人は、精神異常の症状を呈するという。


 人民保安省出身の脱北者は、「甑山が全国的にうわさになったのは、囚人に課される短期的な過度の労働と栄養欠乏によって、政治犯収容所より死亡者が急増したからだ」と主張した。


 政治犯収容所より軽い刑を受けて甑山に連行されるのなら、むしろ耀徳に3年間収容される方がましだ−と言われるほどに、人々は甑山教化所を恐れているという。甑山教化所は10課に分かれており、一つの課は7から10の班で構成されている。


 1班は通常40−50人程度で、囚人の中から丈夫そうな者を選んで班長に選出し、班長が保安員の指揮を受けて囚人を管理、監督している。


 逃走者や監獄内で罪を犯した者に対しては、政治犯収容所とは異なり公開処刑は行わず、内部で処刑、あるいは監獄内の別の拘禁施設で特別な拷問を加え、死に至るまで加重な苦痛を与えるという方法で処罰するのが特徴だ。


姜哲煥(カン・チョルファン)記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

http://www.chosunonline.com/news/20100323000057



ダントンです。朝鮮日報の姜哲煥(カン・チョルファン)
記者の記事ですね。彼自身も北朝鮮の強制収容所体験者です。
甑山教化所の筆舌に絶えない悲惨の状況に怒りを禁じ得ません。
このような21世紀にナチスのアウシュビッツの
ような状態を状況を許す国際社会にも大きな問題が有ります。
日本では北朝鮮の人権問題では拉致問題ばかり問題にされますが
このような絶望的な北朝鮮の状況も私たち
も認識していかないといけません。


北朝鮮 隠された強制収容所
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北朝鮮人権アメリカ委員会
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菊池嘉晃著─『北朝鮮帰国事業』の書評について

2010/03/22 00:51

北朝鮮帰国事業 - 「壮大な拉致」か「追放」か (中公新書)
中央公論新社
菊池 嘉晃

ユーザレビュー:
生存者の直接の証言に ...
卑劣な北と南帰還事業 ...
半島に深く関わるのは ...
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今週の本棚・新刊:『北朝鮮帰国事業』=菊池嘉晃・著
 (中公新書・840円)

 「帰国したい」当事者と「厄介払いしたい」日本政府の願望に手を差し伸べたのは、北朝鮮の「地上の楽園」という自己宣伝だった−−。1959年から、在日朝鮮人ら約9万3000人が北朝鮮へ向かった「帰国事業」。今に影響を残す“悲劇”を包括的に論じる。

 徹底して1次資料にあたることで、「帰国事業は日本の謀略」「在日はわがまま」という左右の極論を排し、当時の構造を描き出す。そのうえで、事業自体は間違いだったとは言い難いとする。帰国した先が、宣伝と全く違う、人権も何もない国だったことが問題だとの結論だ。事業までの在日史も押さえ、この分野の手軽なものでは最良の一冊だろう。実に中公新書らしい良さのある中公新書だった。(木)

http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20100321ddm015070018000c.html


ダントンです。ダントンのお勧めの一冊ですが
『北朝鮮帰国事業』=菊池嘉晃・著 (中公新書)です。
この本の二つの書評の紹介します。
毎日新聞の新刊の書評です。
この本に関しては救う会神奈川の
川添友幸代表も国民新聞の平成22年新年号で
同じく『北朝鮮帰国事業』の書評を書きましたの
でご紹介します。

菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業』「壮大な拉致」か「追放」か』を読んで

著者の菊池嘉晃氏は読売ウイークリー(休刊中)の記者であり、
記者時代、脱北者・帰国者関係の集会では必ずと言っては
良いほどお会いして、読売ウイークリーにも帰国者関係の
記事を執筆して力強い記事だったのが印象的でした。
北朝鮮帰国事業は1959年から朝鮮総連やマスコミの
北朝鮮は「地上の楽園」であるという宣伝を信じ、北朝鮮
に渡った約10万の人々が悲惨な運命をたどったのは周知です。
今年で50年目を迎えます。ある意味、壮大な拉致であり、
拉致問題の原点であったという意見もある。今までこの
北朝鮮帰国事業については帰国者や日本妻の悲劇や日本に
帰国した帰国者の生活の問題などがクローズアップされいました
が本書では帰国事業の歴史的な経緯や北朝鮮・日本両政府の
思惑、そのはざまで悲惨な運命を帰国者の姿が描かれています。
特に歴史的な経緯に関しては近年の情報公開制度や関係者の
証言を中心に非常に分かりやすくまとまっており、今後の日朝関係史研究
にも大きな影響を与えると思われる。本書刊行後、筆者は著者と
話す機会があり、筆者は北朝鮮帰国事業の研究と取材活動は
12年続けているそうである。12年の取材と研究の集大成だと思われる。
帰国者問題は2002年の小泉総理の訪朝での日本人拉致問題に
劇的な展開を受け、光が当たるようになったそうでるが、
まだ帰国者問題の国民の関心は低いその意味で本書が国民の関心と
きっかけと今後の日朝関係史の学術研究の礎になればと話されていた。
その意味で筆者も北朝鮮問題に取り組む方だけでなく多くの方に
読んでももらいたいと思います。



謀略・日本赤十字?北朝鮮「帰国事業」の深層
五月書房
張 明秀

ユーザレビュー:
荒唐無稽な「陰謀説」 ...
今の在日朝鮮人の方の ...

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商品副データ「壮大な拉致」か「追放」か中公新書菊池嘉晃中央公論新社この著者の新着メールを登録する発行

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オウム事件の闇

2010/03/20 21:38
警察庁長官銃撃事件、容疑者不詳で送検方針 30日時効

2010年3月19日4時59分


 国松孝次・警察庁長官(当時)が1995年3月に銃撃された事件は30日で発生から15年がたち、同日午前0時に殺人未遂罪の公訴時効を迎える。警視庁はオウム真理教信者による組織的犯行の疑いが強いとみて捜査を続けているが、有力な物証や供述は得られず、立件は困難な情勢だ。同庁は時効後に「容疑者不詳」として書類を東京地検に送る方針で最終的な検討に入った。

 南千住署捜査本部は2004年7月、オウム真理教信者だった警視庁巡査長(44)=96年11月に懲戒免職=と元教団幹部らを殺人未遂などの疑いで逮捕した。この時は、元巡査長のコートのすそから、銃を発射した際に付着したとみられる火薬成分を検出したことを物証ととらえたが、供述の信用性に欠けるなどとして不起訴になった。

 捜査本部はその後も元巡査長の所持品の鑑定を継続。捜査関係者によると、07年にアタッシェケース、08年には事件当時住んでいた寮の机の引き出し、09年は革靴から新たに火薬成分を検出した。また07〜08年、革製手袋、眼鏡、マスクからも火薬成分の一部が検出された。

 しかし、アタッシェケースや靴について元巡査長は当日現場に持参したり履いていったりしたものとは違うと供述。発砲に使われる火薬の成分はどの拳銃でも大きな差はなく、付着時期も定かでないため、「長官を銃撃した時のものと断定するのは困難」(捜査幹部)という。

 捜査本部は時効が迫るなか、昨年10月以降、元巡査長から事情聴取を十数回重ねてきた。元巡査長は「下見を手伝った。当日は現場近くでオウム信者に似た男ら5人と落ち合い、自分は車の中で待っていた」と説明。火薬成分などが検出された物については「コートは貸した。アタッシェケースも貸したかもしれない」などと話し、銃撃は否定したという。

 04年の元巡査長らの逮捕後には、現場に落ちていた韓国硬貨の付着物が元信者のミトコンドリアDNAと一致。06年には、元巡査長の手袋とライターの付着物が別の元信者のミトコンドリアDNAと一致したという。しかし、ミトコンドリアでの鑑定の場合、核のDNA型をみる通常のDNA鑑定と比べ識別能力が劣る。2人の元信者とも事情聴取に「現場には行っていない」と説明したという。

 警視庁は新たな鑑定結果などを踏まえ、昨年夏以降、逮捕や書類送検の可能性を探ったが、地検からは「これまでの物証や供述では実行犯の特定は困難」との考えが伝えられたという。

     ◇

 〈警察庁長官銃撃事件〉 1995年3月30日午前8時半ごろ、国松孝次警察庁長官(当時)が東京都荒川区の自宅マンション前で拳銃で撃たれ、重傷を負った。約20メートル離れた隣棟の角から発射された4発のうち3発が腹などに命中した。銃弾は先端にくぼみがある「ホローポイント弾」と呼ばれる特殊なタイプで、銃は長い銃身をもつ38口径の回転式とみられている。警視庁は延べ46万人の捜査員を投入。現在も80人態勢を維持している。

http://www.asahi.com/national/update/0318/TKY201003180513_01.html

ダントンです。今日でオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件から
15年が経ちますね。同時期の起きた警察庁長官狙撃事件も
今月30日で時効を迎えます。この事件に関しては実行犯は無論、
背後関係すら闇の中です。
オウム真理説・暴力団説・はたまた北朝鮮の関与が有ったのでは
言う疑惑もあり、一部ではよど号ハイジャック犯の故田中義三元受刑者
が関与した説もあります。

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長官狙撃事件現場に落ちていた北朝鮮人民軍のバッチ


ダントンの見方として故田中義三元受刑者の犯行はないと
思いますがいくつかの根拠があります。

@事件直後、現場付近で故田中義三元受刑者に似た目撃情報が
ある。

A故田中義三元受刑者は射撃の名手であり
北朝鮮政治軍事大学でよく見かけた
(元工作員安明進証言)

B故田中義三元受刑者がカンボジアで偽札事件で現地当局に身柄拘束後、
日本に帰国し、収監された際に日朝友好議連の中山正暉会長が
東京拘置所で面会し、長官狙撃事件の関与を問いただしているが
故田中義三元受刑者は事件の関与を全面否定している。

事件は時効になり、真相は闇の中です。
オウム事件には解明されていない事件も
まだ有りますがもう解明は難しいでしょうね。
ダントンはやはりオウム真理教の説が
一番、真相に近いと思います。

国松長官狙撃事件と「よど号」犯・田中義三(週刊現代1999年910月9日)
------------------------------------------------------------------
話題騒然 短期集中連載第7回
「オウムと北朝鮮」のい闇を解いた

国松長官狙撃事件と「よど号」犯・田中義三
「よど号」犯リーダー・田宮高麿が漏らした決定的な一言とは・・・

高沢皓司
(ノンフィクション作家)

 犯人はもとより、これがオウム真理教の仕業かどうかも、いまだ不明なままの国松孝次警察庁長官狙撃事件。だがこの事件に関し、驚愕すべき証言が存在していた。目撃された犯人像が、「よど号」犯の一人、田中義三容疑者に酷似していた、というのである!


黒いコートを着た、背の高い男

 地下鉄サリン事件が起きた日から数えて、ちょうど10日後、---1995年3月30日の朝、東京・荒川区南千住の高級マンション、アクロシテイFポート(棟)の脇に、黒いコートに身を包んだひとりの男が立っていた。 最初の目撃証言は、出勤途中の同マンションに住む会社員である。「ちょうど現場を通りかかった際、その男と出会いました。男は、雨が降っていたのにカサもささずに、Eポートの入り口付近を見ていました。じっと、様子を窺っているというか、凝視しているというふうでした。変な人だな、と思いましたね。ひょろっと背が高く、黒いレインコートを着て、黒いズボンをはいていました。左手に30p四方くらいのバッグを持っていたのをおぼえています」顔はよくわからなかったのです。黒っぽい毛糸の帽子をかぶり、.メガネをかけ、鼻まで隠れるくらいの大きな白いマスクをつけていました」
 その日の東京は前夜からの篠つく雨、隅田川に面して建つアクロシティの上空にも厚い雲が垂れ込めていた。しかし、男は左手にカバンを持っただけで、カサは手にしていない。出勤途中の会社員は、至近距離からこの男を目撃しているにもかかわらず、その顔を見てはいない。男の顔はすっぽりと帽子やマスクで覆われていたからである。
 当時の報道記事や捜査資料から、この男についての目撃例を再検証すると、この朝、アクロシティFポート付近で目撃された不審な人物の報告は数件。そのうち捜査当局がもっとも重視している目撃情報は、この会社員によるものと、やはり同日7時半頃、Eポート周辺を往復していた男についての目撃例。さらに、ほぼ同じ時劾頃、ちょうどEポート、Fポートと向きあうように建っているBポートのエレベーター内にいた「ずぶ濡れの男」の目撃例である。Bポートのこの場所からは、国松長官の部屋の中が見通せた。
 いずれも、服装および持っていた所持品等についての目撃内容が一致しているところから、同一人物と見られている。
 それからおよそ1時間後、男は同マンションFポートの、Eポートの玄関が見える小さな植え込みの陰にいた。
 午前8時25分頃、隅田川沿いの一般道、Eポー卜玄関横に、黒塗りの車がつけられた。アクロシティEポート6階に住んでいた国松孝次警察庁長官(当時)に対する迎えの車だった。
 インターフォンで秘書官の連絡を受けた国松長官は、すぐに階下に降りた。エレベーターを降りると、ふと彼はその日に限って正面玄関からではなく、すぐその横にある通用口から表に出た。秘書官の差し出すカサに寄り添うようにして車に向かった国松長官が、6〜7歩、歩みはじめたちょうどそのとき、突然、銃声がした。国松長官はこのとき、どうっ、と地面に向かって倒れながら、わずかに秘書官の方に顔を向けた、という。
 ほんの少し間をおいて、2発目。3発目。さらに、一瞬の間をおいて4発目。 この日に限って国松長官が玄関を使用せず通用口を出たことは、雨のせいであったかも知れず、深い意味はなにもなかっただろうが、待ち受ける狙撃犯にとっては、ほんの数メートルとはいえ、ターゲットとの距離を縮めることに作用した。狙撃者から国松長官までの距離は約21・5mだった。
 狙撃の狙いは正確で、1発目は上腹部に命中。2発目、3発目も下腹部、腎部に命中した。アクロシティEポート側玄関付近は流れ出した血で染まり、おりからの雨に滲んだ。国松孝次警察庁長官狙撃事件である。

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訓練された特殊技術の持ち主

 早朝に不審な男を至近距離で目撃していた会社員は、職場に到着後、はじめて事件を知った。彼は、あわてて、自宅に「不審な男を見た」と、電話を入れている。さらに、この会社員だけでなく、事件前に目撃された不審な男についての情報は、アクロシティの住民から事件後にいくつか寄せられている。先に紹介し次数例の目撃情報も、それらのうちに含まれるものである。 事件直後の、逃走する「犯人とおぼしき一男の目撃情報は、かなりの数にのぼる。 Fポートのある住人は、
「銃声で目を覚ました。窓から外を見ると、エントランス付近で男性があおむけになって倒れているのが見えた。腹部から血が流れていた。付近には二人の人間がいて、ひとりは倒れている男を支えていて、もうひとりの男が『そっちだぞ』と大声で叫んでいた」
 当時の管理人のひとりは、
「パン、パン、パン、と3回くらい銃声を聞いた。同僚のひとりが『あれは銃声だ』と叫んだので、管理人棟から飛び出した。銃撃現場のEポートの方から猛スピードで走ってくる自転車の男を見た。 男は黒っぽいレインコートに、同じような色の帽子をかぶり、口元には白い大きなマスクをしていた。両手でしっかりとハンドルを握り、何度もあたりを見回しながら、管理人棟の前を走り去った。管理人のひとりがマンション西側のスロープまで追いかけたが、見失った」
 と誕言している。またBポートに住む主婦は、「銃声が聞こえてからベランダに出た。4回目の銃声が聞こえてから約5秒後くらいにFポートの入口付近から、黒っぽいレインコートを着込んだ男が、すごい勢いで表に飛び出してきたかと思うと、自転車で南側に走り去った」 この自転車の男が、早朝に目撃されていた黒いレインコートの男と同一人物であることは、もはや間違いがないだろう。
 この事件は、オウム真理教のテロ事件に対して、ようやく強制捜査にふみ切った警察当局に深刻な衝撃をもたらした。捜査を指揮すべき重要な立場にあった警察庁長官が、銃撃されたのである。事件は、ここでオウム真理教の事件と直接に結びつけられ、オウム実行犯説が取り沙汰された。
 捜査当局は、狙撃に用いられた銃器をコルト社製38口径リボルバー(回転式短銃)、弾丸は弾の先頭部分が平たく切られたダムダム弾で、国内では入手が非常に困難な種類のものであることを発表した。ここから、この銃撃犯人は、海外で特殊な訓練を受けたプロのスナイパーの可能性が高いと見られた。 また、射撃の技量、事件後に判明した、逃走経路の計算や自転車を利用するという意表を突いた逃走方法などからも、訓練された特殊な技術を持った人間であることが想定された。現場には、捜査を混乱させるかのように、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)のものと思われるバッジと韓国のコインが落ちていた。 事件から4年、この犯人は現在も特定されていないばかりか、事件は迷宮入りに近い。一連のオウム関連事件のなかでも、もっとも謎の多い事件とされている。 捜査当局が、どうやら現在、容疑者と目しているらしいオウム真理教信老の平田信容疑者についても、平田容疑者がかつてエア・ライフルでインターハイに出場した経験があるからというだけでは、この警察庁長官狙撃事件の「狙撃犯」の謎は解けない。同様の意見は、射撃や銃火器に詳しい各方面の専門家たちからも出されている。ライフルと、狙撃に使用された短銃では、その狙撃方法、扱い方がまったく異なるからである。
 では、この事件の数多い謎を解く鍵は、どこにあるのだろうか?


射撃の腕は仲間うちでも一番

 事件の起こった1995年の春、私はこの連載の以前の回でも書いたように、たびたび北朝鮮を訪れていた。「よど号」ハィジャック・グループのリーダー・田宮高麿と、いくつか打ち合わせをする必要やインタビューの仕事があったからである。田宮をはじめとする「よど号」グループと、取りとめのない話も含めて、さまざまなことを話し合っていた。
 その後、私は彼ら「よど号」グループのあまりにも多い「嘘」と、不誠実にほとんど嫌気がさしたこともあって、訣別を余儀なくされるが、折からのオウム真理教の事件や、この国松警察庁長官狙撃事件についても、何度か話をする機会があった。 田宮と「よど号」グループは、ちょうどそのころ、「愛族同盟」という民族派組織を日本国内でつくることを計画していた。もちろん、この発想は彼ら「よど号」グループの発想にもとづくものではなく、朝鮮労働党の指導によるものであったろう。「愛族」という言葉そのものが、金正日が北朝鮮国内に向けてスローガンとしていた言葉であったからである。ただ、私には、それらのスローガンと語られる内容がひどく時代錯誤で、ナチスにも近いファシズムとしかみえなかった。
「やめろよ……」
 と、私は一度だけ彼に言った。
 田宮は、そのとき、
「もう、遅い!」
 と、叫ぶように言った。
 私たちの間に、気まずい沈黙が落ちた。
 そのあとに、田宮はこう言ったのである。
「貴賓室に呼ばれてな、そうやれと言われたら、それには従わざるをえないやろ……」
 私は黙っていたが、それがあの国の最高権力者を意味していることは明らかだった。田宮高麿が、少なくとも当時、そうした立場にいたことは確かである。彼が語らないまま胸の奥にしまいこんで、あの世に持っていってしまったことは数多いと思われるが、国松警察庁長官狙撃事件にかかわることについても、彼は口に出して言うことのできない何かを知っていたのだと思えるのである。 もっとも私にしてみれば、当時、オウム真理教の事件についての関心は、ごく普通の一般的な興味を越えるものではなかった。
 しかし、警察庁長官の狙撃事件は、事件の性格や、その意外性からしても大事件だっ」たから“話題にのぼらないわけはなかった。その話の途中で、彼は意外なことを言ったのである。
「似てるんだよな。あの身のこなしといい、身軽さといい……射撃の腕といい……」 彼が、心配していたのは、同じ「よど号」の仲間である田中義三についてだった。「射撃の腕は、仲間うちでは田中が一番やった。 たしか、あの犯人は自転車で逃げるんだろ。あれは、よっぽど身のこなしが軽くないと思いつかんだろ。そういう意味ではプロだと思うよ。意表を突くことが、一番、大事なことだしな」
 田宮はそのとき、狙撃事件の犯人像について詳しく聞きたがった。私にしても、すでに報道されている以上の犯人像や手がかりを知っているわけではなかったが、知っているかぎりの情報は彼に話した。ときどき、なにかを必死に考えるようにしながら、田宮は、結論めいた口調で、こう言ったのである。「……似てる」
 と。
 正直にいうと、私は田宮の心配しているところがどこにあるのか、そのときはわからなかった。なるほど、そうか。あの犯人と田中はそんなに似ているのか、漠然とそんなことを考えていただけである。国松長官狙撃事件と「よど号」グループのことが、私のなかでは、しっくりとまだ結びつかなかったのである。


別の指揮系統で活動していた

 ここにきて、あらためてオウム真理教の一連のテロ事件と、その背景の闇に溶けこんでいる北朝鮮工作組織のつながりに光をあてようとして、私は、そのときの田宮の言葉について、はじめて考えをめぐらせるようになった。「よど号」をハィジャックした赤軍派が、北朝鮮に渡ってから、あの国でどのように扱われ、どのような訓練を受けてきたかについて、私は『宿命−「よど号」亡命者たちの秘密工作』(新潮社)という本のなかで、詳細に辿った。だから、ここであらためて詳しく辿りなおすことはしないが、彼らが北朝鮮に渡ってから数年後に、金日成主義とチュチェ思想に完全に転向し、隔離された日本人だけの「村」で、軍事訓練をはじめとするあらゆる工作技術を学び、朝鮮労働党の傭兵と化していた事実だけは、ここにもくり返して述べておかなければならないだろう。 彼らの軍事訓練は、日本人革命村と呼ばれる彼らの居住施設内で、数年にもわたり、朝鮮人民軍の指導教官から直直に行われていた。銃火器の扱い、短銃、自動小銃(カラシニコフAK47だったが)の分解と組み立て、狙撃訓練(これは彼らの「村」のなかに射撃訓練場が建設されていた)、火薬の扱い方、ほかにもありとあらゆる破壌工作の技術と諜報技術が教えこまれた。
 もちろん、それぞれの人間に特性というものはあり、すべてのメンバーがそうした軍事的な技術や工作技術に熟練したかどうかは疑問だが、そのなかでずば抜けて優秀な成績を示したのは、他ならぬ田中義三だったとされている。 田宮高麿の心配も、根拠のないことではなかったのである。 田宮の証言には、もうひとつの重要な意味が隠されている。それは、実際上「よど号」グループのリーダーであった田宮が、「もしかして、あれは田中ではないのか」という心配を一時でもしたということは、彼にとって、田中の行動は自分の指揮系統以外のものであることを、暗に語っていたことになるからである。 田中義三は、「よど号」ハイジャッカーの一員であり、たしかにグループのメンバーでもあったが、彼の行動は謎に包まれていた。多くの場合、彼はピョンヤンで仲間とともに行動することはなく、「よど号」グループがヨーロッパでの工作活動の第一線から身を引いた後も、彼だけは海外での活動にとどまっている。ひところは、そのことでもってグループ内で対立があったのではないか、彼だけは別の工作活動に従事しているのではないか、という噂も根強くあった。 別の工作活動を裏付けるかのように、田中は1996年3月、偽ドル紙幣を使用した容疑で、カンボジア当局に逮捕されている。
 田宮の発言は、そのことをはっきりと裏付けていた。 田中の活動内容について、組織のリーダー田宮は、まったく把握していなかったのである。
 すでに連載の中で何度か指摘したとおり、田宮は、オウム真理教の一連のテロ事件が話題になったときに、
「筋がちがう……」
 と、言った。
 田中義三の活動も田宮にとってみれば、「よど号」グループとは「筋がちがう」という性質のものだったのだろう。出自そのものは「よど号」グループという同じ仲間であっても、活動内容はまったく別の指揮系統の中に位置づけられていたというのが、真相だった。
 わかりやすい例えをすると、彼、田中は「よど号」グループという労働党の〃子会社"から、〃親会社"に出向した出向社員のようなものであったのだろう。その出向社員は、職場の任務や仕事の内容について、当然のように親会社の指示に従わざるをえず、子会社の指示で動くわけではない。あくまで労働党という親会社の指示で動かざるをえない。
 リーダー田宮が、田中のことを案じたのも、そういう事情があったのだろう。田宮は、出向した社員、田中義三がどこで、どのような活動をしているかについて、詳しい報告を聞いてはいなかった。
 その田宮のまえに、突然、オウムのサリン事件に引き続いて、国松長官狙撃事件が伝えられた。報道される犯人像は、その田中義三に酷似していた。彼には、私のうかがい知れない、なにか思い当たるふしがあったのだと、思わずにはいられないのである。


帰国する田中に当局も重大関心

 そして、この田宮の反応のもっとも重要な意昧は、これら一連の事件のなかに、それこそわれわれのうかがい知ることのできない北朝鮮工作組織の影を、田宮自身が色濃く感じ取っていたということの何よりの証明だった、と考えられることである。「よど号」グループー=北朝鮮は、本誌の連載に対して、すでに何度か声明を出し、抗議をしてきている。連載冒頭に記した、「筋がちがう」という田宮発言についても、
「北朝鮮では指揮系統が違うというときは、線が違うという言い方をする。筋が違う、と一言ったのだとすれば、それは、そんなことを俺に聞くのは筋が違う、という意味で言ったのだ」
 と言っている。
 さらに、
「オウムのテロ事件を田宮同志が、外勢(外国勢力)だと言ったのは、アメリカの謀略だ、という意味で言ったのだ」
 とも、言っている。
 しかし、こうした文脈で考えて、どこにオウム真理致事件はアメリカの謀略だ、と解釈できる余地があるのか?
 もちろん、田宮は、狙撃事件の犯人は田中だ、などとは言っていない。しかし、もしかして、あの日、雨に煙る朝のアクロシティにあらわれた、黒いレインコートに身を包み、黒い毛糸の帽子を目深にかぶった腕の立つスナイパーが、田中と酷似していると心配したのだとすれば、それは必然的に彼が北朝鮮工作組織の関与を、問わずがたりに語っていた、ということではないのだろうか。 金正日の「日本破壊工作」の親筆指令から始まった日本攪乱工作は、オウム真理教の一連のテロ事件と輻輳して、日本の警察機構のトップを狙撃するというクライマックスを演出しようとした事件であったのではないだろうか。 北朝鮮工作組織が、あらゆる重要工作のプロセスに、常にダミーを用意していることは、これまでの工作例でも明らかになっている。この事件については、オウム真理教自体が、ダミーの役割をふられていたとしても何も矛盾しない。むしろ、それこそが攪乱工作のひとつの側面を構成している、とも言える。実際に日本の捜査当局は、これまでにも北朝鮮の工作活動について、このダミーにいく度も苦汁をなめさせられているはずである。

 さて、ここにきて取材班は、さらに興味深い元オウム真理教幹部信者の証言を得ることができた。
 オウム真理教の初期の活動と教団武装化計画のなかで、あるところから多額の資金提供を受けていた疑惑がでてきたのである。しかも、それはどうやら「偽ドル」だった疑惑が濃い。
 偽ドルといえば田申義三がカンボジアとベトナムの国境で逮捕された時の容疑だった「スーパーK」がすぐに、思い出されてくる。偽ドル=スーパーKを接点として、北朝鮮とオウム真理教は、どのような深層でのつながりを見せてくるのだろうか。 田中義三は、その逮捕理由となった偽ドル事件の容疑について、この夏、証拠不充分による無罪判決が言い渡された。近く、日本に身柄の送還が予定されている。帰国後の田中の取り調べについては、捜査当局も、重大な関心を寄せている。(文中敬称略、以下次号)


次号

)http://kaese.at.webry.info/200609/article_9.html
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金元工作員を招請 政府、外交ルート通じ公式に 

2010/03/17 16:48
金元工作員を招請 政府、外交ルート通じ公式に 

2010.3.17 01:30

このニュースのトピックス:北朝鮮拉致事件
 【ソウル=加藤達也】拉致被害者の横田めぐみさん=拉致当事(13)=と北朝鮮で会ったことがある、と明らかにしている金賢姫(キム・ヒョンヒ)元北朝鮮工作員に対し、日本側が外交ルートを通じ、公式に来日を要請したことが16日、関係者への取材で分かった。招請を受けた金元工作員は、知人に「横田さんの両親ら拉致被害者に会って言葉を交わし、家族を励ましたい」と来日の意向を強めているという。

 日本政府が公式に招請したことで、金元工作員の来日問題は今後、韓国政府の決断に委ねられることになる。

 金元工作員の来日問題については、情報機関である国家情報院が内政、外交面の影響分析などを所管。出国の可否についても検討するが、最終的には李明博大統領の政治決断による。

 これまで、国情院を含め韓国政府内では金元工作員の来日について、南北首脳会談や6カ国協議再開問題など北朝鮮との関係上、マイナスになる可能性があるため、「難しいのではないか」との見方もあった。

 しかし、李大統領は「人権と南北関係は別物だ」と原則重視の姿勢を明らかにし、さらに日韓の信頼関係を重視する立場も表明している。

 韓国政府筋は「李大統領は、できる限りの範囲内で最大限協力するとの意向だ」と指摘。韓国としては、金元工作員の来日に向け今後、前向きに検討していくとみられる。

 一方、日本政府からの招請を受けた金元工作員は最近、知人に「日本に行って拉致被害者の家族らと面会し、励ましたい」と話し、内外の政治情勢とは別に、日本の拉致被害者の家族と交流し、拉致問題の進展に協力したい意向だという。

http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100317/kor1003170130000-n1.htm

ダントンです。金賢姫招致問題ですがこのブログでも
懸念を示しています。特に先日のパンフレットの件もありましたが
中井大臣の焦りとしか見えない対応に憤りを感じます。

さらに今回の記事で気になったのは金賢姫氏の
「日本に行って拉致被害者の家族らと面会し、励ましたい」
と言う発言です。日本には横田めぐみさんの目撃証言のために
来るのではないでしょうか??
大韓航空機爆破事件の犠牲者や犠牲者家族にどのようの
考えているのでしょうか??

さらに一部情報では今回の金賢姫氏の訪日に対して
講演会や本の出版、はたまた日本への移住まで
きな臭い噂が出ています。横田御夫妻のためにも
実りある目撃証言の発言の場にしないとただの
「ガス抜き」にされては横田御夫妻も迷惑だと思います。
政府には金賢姫招致にほ慎重な対応が求められると
思います。
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何をやっている中井大臣!!

2010/03/16 17:50
政府の拉致パンフから「被害者帰国」外れる 担当相「何もわからない」
2010.3.15 20:54

このニュースのトピックス:北朝鮮拉致事件
 政府の拉致問題対策本部が昨年末に改訂した拉致被害者救出を訴えるパンフレットから、「拉致被害者の速やかな帰国」や「真相究明」といったこれまでの政府が最重要課題として掲げてきた項目が削除されていたことが15日、衆院拉致問題特別委員会で明らかになった。

 中井洽(ひろし)拉致問題担当相は答弁で「初めて見た。何もわからない」などと困惑。事務局の報告を受けて再度、答弁に立ち「作り直す」などと釈明した。

http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100315/kor1003152055001-n1.htm

ダントンです。一体、中井大臣も対策本部も何をやっているんでしょうか??
パンフレット確認しない大臣も大臣ですし、事務方も事務方です。
呆れてものが言えない対応です。一部情報では中井大臣と事務方の
コミニケーションが取れていないという話もあります。
中井大臣が事務方を無視したやり方をするからではという
話を聞きます。
全く困った対応ですし、中井大臣にはパンフレット以上に
民間人の登用問題や北朝鮮人権法改正問題でしっかりとした
対応を求めたいと思います。
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北朝鮮日本人妻の帰国実現に全力 中井拉致問題担当相

2010/03/15 15:19
北朝鮮日本人妻の帰国実現に全力 中井拉致問題担当相

 中井洽拉致問題担当相は15日午前の参院予算委員会で、北朝鮮に渡った日本人妻について「あらゆる機会に、この問題を世界に認識してもらい、一日も早く帰国がかなうよう精いっぱい努力する」と述べた。

 中井氏は日本人妻の状況に関し「望んで北朝鮮に渡ったとはいえ、大変苦しい、抑圧された状況下で生活している。収容所に収監された人の人生は想像を絶する」との認識を強調。

 同時に「存命者は100人ぐらいと承知している。鳩山由紀夫首相からは、北朝鮮にいる日本人生存者をすべて救い出すよう指示されている」と述べた。

2010/03/15 11:26 【共同通信】

http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010031501000287.html

ダントンです。今日の国会審議の答弁です。
中井大臣の答弁ですね。なかなか良い答弁だと思います。
鳩山総理も北朝鮮の人権問題に多少なり関心があるようです。
是非とも北朝鮮の拉致・人権問題に解決に動いて欲しいです。
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北朝鮮を苦しめた金融制裁専門家、米財務副次官補が訪韓

2010/03/13 03:16
北朝鮮を苦しめた金融制裁専門家、米財務副次官補が訪韓

 北朝鮮とイランに対する経済制裁を主導してきたダニエル・グレーザー米財務副次官補(テロ金融・金融犯罪担当)と米国務省のスティーブン・マル次官補代理が10日、非公開で韓国を訪問し、11日に韓国政府の当局者と制裁問題を協議した。2人は12日に韓国を出国する。グレーザー副次官補の訪韓は06年以来4年ぶり。

グレーザー副次官補とマル次官補代理はこの日、外交通商部と企画財政部の当局者と相次いで会い、北朝鮮とイランの核開発状況と制裁現況についてブリーフィングを行い、核開発を加速するイランに対する国際社会の制裁強化案を協議したという。

外交消息筋は「対北朝鮮制裁については、その間の韓米協調がよく行われてきたため、今回の対話では韓米が従来の制裁成果を評価し、今後も確実に協調を続けていくことを確認するレベルだった」とし、「追加の制裁措置についての議論はなかった」と伝えた。

イランについては、先月アフマディネジャド大統領が20%濃縮のウラン核燃料を製造したと明らかにしながら「核国家」を宣言するなど核開発を加速化しているだけに、米国側は国際社会とともに準備中の追加制裁内容を説明し、韓国の意見も聴取したと、消息筋は伝えた。

◇グレーザー米財務副次官補=05年9月、マカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)銀行の金正日(キム・ジョンイル)統治秘密資金2400万ドルを違法資金として凍結したことで、北朝鮮の外国為替取引に大きな打撃を与えた財務省金融犯罪チームの実務責任者。金桂寛(キム・ケグァン)外務次官は2カ月後に開かれた6カ国協議で「米国のBDA措置に血管が詰まるような苦痛を感じる」と抗議したほどだ。

グレーザー副次官補とスチュアート・レビー次官はオバマ政権発足後も、2人の能力と意志を高く評価したオバマ大統領によって重用され、北朝鮮・イラン金融制裁をずっと指揮してきた。グレーザー副次官補は昨年、フィリップ・ゴールドバーグ対北朝鮮制裁調整官とともに中国・マレーシア・エジプトなどを訪問、北朝鮮の大量破壊兵器関連資金が該当国家金融機関で取引されないよう注意を呼びかけたという。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=127109&servcode=500&sectcode=500

ダントンです。グレーザー米財務副次官補は以前、アメリカの金融制裁の
陣頭指揮を執った人物です。北朝鮮への金融制裁は効果を示した。
その結果として六カ国協議・米朝協議・テロ指定国家解除につながっていきます。
ようにはアメリカは北朝鮮体制の崩壊でなく北朝鮮を交渉に引きずる出すために
制裁です。現在、北朝鮮は六カ国協議に参加を拒否しています。
今後、アメリカは再度、交渉に引き出すために金融制裁を発動する可能性があると思います。
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田原総一朗氏の発言について

2010/03/11 10:05
「謝罪放送に放送倫理上の問題あり」番組発言でBPO
 
去年4月にテレビ朝日系列で放送した「朝まで生テレビ」での出演者の発言について、BPO=放送倫理・番組向上機構の放送人権委員会は10日、「謝罪放送の実施方法などに放送倫理上の問題があった」とする見解を出しました。
 番組では、田原総一朗氏が、北朝鮮による拉致被害者について「生きていないことは外務省も分かっている」などと発言しました。これに対し、拉致被害者家族連絡会が「人の生死に関わる安易な発言は、最も重大な人権侵害だ」などとBPOに申し立てていました。委員会は10日の決定で、田原氏の発言について「言論の自由の範囲内であり、人権侵害とは認めない」としたものの、「根拠を示すことなく断定した点は、拉致被害者家族の心情を深く害する不適切な発言だ」としました。そのうえで、この発言に関するテレビ朝日の対応が迅速性に欠け、1カ月後の番組で行った謝罪放送についても謝罪の意思が的確に伝わるものではなかったとして、「放送倫理上の問題があった」と結論づけました。10日の決定に対し、テレビ朝日は「委員会の決定内容を真摯(しんし)に受け止め、今後も放送倫理に十分配慮をした放送に努めて参ります」というコメントを公表しました。
 一方、家族会の飯塚繁雄代表らは会見を開き、「発言の根拠を得られず、残念」「謝罪放送も不十分だ」などと話しました。
 家族会・飯塚繁雄代表:「放送後の謝罪の効果は10分の1にも満たない感じもするし、謝罪については届かなかったと私たちは思っている」(テレビ朝日)

http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/index4.html?now=20100310215507



田原さん発言、BPO「配慮欠き不適切」
 
テレビ朝日の番組で、田原総一朗さんが横田めぐみさんらについて「外務省も生きていないことはわかっている」と発言したことについて、BPO=放送倫理・番組向上機構は、発言は「被害者家族への配慮を欠く不適切なものだった」との「見解」を示しました。

 この発言は去年4月、田原さんが横田めぐみさんと有本恵子さんについて「外務省も生きていないことはわかっている」と述べたもので、BPOは「被害者家族への配慮を欠く不適切な発言だった」と認定しました。

 テレビ朝日が番組内で謝罪をしたことについても、「迅速性に欠け、謝罪の意志が的確に伝わるものでなかった」として、放送倫理上問題があったとの「見解」を示しました。

 しかし、田原氏の発言が人権侵害にあたるかどうかについては、「不適切な発言を含んではいても、ジャーナリストとしての責任において問題提起をしたもので、言論の自由の範囲内にあり人権侵害とは認めない」と結論づけました。

 「熱心に審議をしてくださったということは感じました」(横田 滋さん)

 「(BPOは)田原氏が誤った認識のもとに発言をしたことを、『言論の自由の許容範囲』と認めてしまっている」(増元照明さん)(TBS)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4375758.html

ダントンです。ダントンは田原総一朗氏は大嫌いです。
ただ今回のBPOの判断はよく判断したと評価したいと
思います。この問題で田原氏は
外務省幹部から死亡情報を聞いたとしていますが
それはニュースソースの秘匿の問題ですから
追求するのは難しいと思いますし、
発言をした田原氏も大きな問題ですが
そのような国家機密を田原氏に話した外務省幹部も
大きな責任があると思います。
(ちなみに外務省は田原氏に対して発言した事実を否定しています)
外務省と田原氏のどちらが嘘を言っているようですが
真相は不明です。
その上でこの件が現在、家族会と
田原総一朗氏と訴訟になっている事を大きく
危惧しています。このような瑣末な事で
問題にするよりも家族会・救う会ともには日本政府に対して
北朝鮮と直接交渉しろと強く主張するべきだと思います。
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よど号グループ帰国問題について

2010/03/10 15:13
帰国交渉求める書簡伝達へ 鳩山政権によど号犯

 【北京共同】日航機「よど号」を乗っ取り、北朝鮮に在住している元赤軍派メンバーの代理人、山中幸男・救援連絡センター事務局長は9日、メンバーが鳩山由紀夫政権に対し、帰国交渉に応じるよう求める書簡を4月にも伝達する準備を進めていることを明らかにした。4日間の訪朝を終え帰国する際、経由地の北京で共同通信などに話した。

 山中事務局長によると、よど号事件の容疑者4人は、帰国して裁判を受け、事件について決着を図るという立場に変わりはない。しかし、魚本(旧姓安部)公博容疑者(61)と現在も北朝鮮に残るメンバーの妻2人が日本人拉致に関連して国際手配されていることについては「無関係」と帰国に先立つ撤回を要求、調査には応じるとしている。

 書簡にはこうした帰国の意向と手配撤回の主張が盛り込まれる見通し。

2010/03/09 19:08 【共同通信】

http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010030901000844.html

ダントンです。今日の共同通信の記事です。
以前から日朝交渉が水面下で行われていると
必ず出てくるのは特定失踪者の帰国と
よど号グループの帰国問題です。
2008年の日朝協議も際も一部報道では
「よど号帰国へ!」「よど号帰国で調整」
みたいな記事が踊ったのは記憶に新しいです。
よど号ウオチャーや情報当局関係者からも
帰国の流れでは囁かれましたが、
しかし、ダントンの見方では帰国問題は
そう簡単な動くではないと思います。

特によど号グループの拉致事件の
関与容疑は彼の帰国の最大のハードルに
なっていると思われます。
帰国すればハイジャックの容疑だけでなく、
一部メンバーには有本恵子さんらの拉致容疑もあり、
刑事訴追の流れになります。
さらに拉致問題でも実行犯の
帰国となれば世論も北朝鮮に
厳しい姿勢になるにも北朝鮮側も危惧しています。

北朝鮮側もよど号グループの
帰国問題は日本政府とよど号グループ
の問題であるとしていて交渉のアシスト
はすると言っているが
事実、交渉はタッチないとしており、
先日、救う会神奈川に講演会で
講演した井上義行さん(元内閣総理大臣秘書官)
も2003年から2007年までの
北朝鮮との秘密交渉でも北朝鮮側から
よど号帰国問題の提起は無かったとしているのが
その現れといても言ってもよいと思います。

その意味で今回の動きはよど号グループが
日本政府との直接交渉に
動いたとみる見方もありますがハードル
は高いと思います。
今後も注視が必要な状態だと思います。

その上でよど号グループや支援者に敢えて
問いたい!!

自分たちが行った拉致事件の真相を語りなさい
その上で拉致被害者の救出に協力しなさい

それがダントンはよど号グループの帰国の
大前提だと思います。
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『脱北移住者の心理的衝撃と回復経験』について

2010/03/08 13:09
NEWS :『脱北移住者の心理的衝撃と回復経験』 
└ 2010-03-05 14:08
以下の文章は、守る会の依藤朝子会員が翻訳したものです。
興味深い内容ですので紹介いたします

『現象学から見る脱北移住者の心理的衝撃と回復経験』
キム・ヒョンギョン著
韓国学術情報、2009年

目次:
1、序論
2、文献研究
3、研究方法
4、結果
5、研究結果に対する論議
6、結論


序論:

本研究は、韓国国内の脱北者を難民という観点から見て、この人たちの心理的衝撃の経験がどのようなものなのか、また過去に難民として入国した人が、トラウマをどのように回復したのかということについて、理解しようとするものである。

この間、脱北移住者に対する理解は、韓国人の観点からのものが主流だった。だが社会福祉的観点である、「環境の中の人間」を理解するという見地から脱北者を理解する必要があると考える。つまり、韓国人が脱北者の生活や経験に対する理解が無いまま、韓国人のやり方で脱北者を理解して助けようとすることが、かえってこの人たちに拒否感を与える可能性があるということである。

脱北者は韓国社会に適応するために、「精神の健康」「職業訓練」「生活への適応」などの実践的な支援において、統合された支援が必要だと言える。

過去の心理的衝撃(トラウマ)や、その結果としてあらわれる精神的苦痛は残り続ける可能性が高い。だが、トラウマから完全に回復することは困難でも、回復は可能だと指摘されている。

 *「安定した収入」を得られるようになり、「家庭」に戻ることができれば、精神的問題の解決に近付くことはできると考えられる。

韓国ではこれまで、「治癒」または「回復」に関する研究よりは「適応」を中心に脱北者の問題に接近しようとする文献が多かったと思われる。そのため、脱北者を難民として認識して、彼らのトラウマを回復させることができるという認識も、まだ初歩的な段階にあるといえる。また、脱北者のこうしたトラウマがどのように回復していくのかという研究において、その過程を調査した韓国国内の文献研究は事実上皆無だった。

オーストラリア文化圏に移住したスーダン難民の研究を見ると、オーストラリアの地域共同体の支持は、スーダン難民の心理的安定と全く関係なかったという結果もある。むしろ、オーストラリア内のスーダン民族の共同体の社会情緒的支持が高ければ高いほど、スーダン難民個人の不安や憂鬱など、心理的衝撃後ストレス障害の程度が低かったという結果が出ている。苦痛を感じている同じ民族共同体からの社会、情緒的支持が、難民にとって肯定的な回復の要因になることが分かる。


結論:

本研究は、韓国に入国した脱北者の男女(20−30歳台)を対象に行った。
資料の収集は2006年6月から11月まで。

研究から分かる傾向

理論的側面

1、脱北者は、他の脱北者に会うと心理的衝撃後ストレスと関連した経験を思い出すことがあり、同じ脱北者を受け入れることを自分から拒否することがある。

2、心理的衝撃後ストレスを抱えると同時に、文化適応に対するストレスを抱えることになる。移住者の場合、「同化」よりも「統合」に向かう戦略が精神の健康に肯定的な影響を与えるという研究結果があるが、これを脱北者にも同じように適用することができるだろう。

3、難民だった脱北者も、適切な回復要因を通じて、心理的衝撃後の「回復」と「成長」が可能だという結果は、国外の研究結果とも一致する。心理的衝撃を受けた後の「成長」と「回復」に寄与する要因には、例えば「生きる意味の構築」「宗教的対処」「強靭性の発揮」などを通じて、過去のばらばらになった人生の破片から、新しい人生の意味を再び解釈すること、また過去に経験した苦痛を、現実を乗り越える心理的エネルギーに転換することなどがある。また、脱北者が中国や北朝鮮に残っている家族を探して連れてこようとしたり、送金したり消息を伝え合うことによって、断絶していた関係を再び修復することができるようになる。こうした現状も、難民のトラウマを、家族を通じて回復させることができるという海外の研究結果と一致すると見られる。

4、脱北者の場合も、トラウマの「回復」と「成長」が可能だということを、この研究結果として提示することができる。生存者として、自分と似た苦痛を感じている人たちのために道具となって、または情緒的に寄与しようとし、また正しい生き方を知り、悪の問題を「霊性」を通じて新しい観点から転換させるという点でも、これまでの海外の研究結果と一致する。


実践的側面

1、脱北者を、一般の移住者ではなく難民として理解する必要がある。

2、韓国入国前からトラウマを抱えているにも関わらず、脱北者は新しい文化圏とのつながりを持つことにより、受動的な存在にとどまらずに、積極的な態度を見せるようになる。

3、精神的な健康に関する認識が不足している脱北者に、カウンセリングの必要性を教育する必要がある。

4、韓国に来るときに自発的に来たわけではない人や、子供とはぐれた両親に対しては、心理的喪失に対する哀悼の過程を十分に考慮する必要がある。特に、子供を失った両親に対するカウンセリングが重要。

5、特定の文化圏出身の人は、みな同一だと思ってはならない。

6、トラウマの回復のためにも、脱北者が実践できる利他的な活動を促進させる必要がある。脱北者が生存者としての役割を果たすことができる余地を拡大することが、彼ら自身の内面の治癒に寄与する。

政策的側面

1、就職活動で社会福祉士を通じて雇用安定センターで仕事を探す場合、それと同時に国の補助金が出なくなるという問題を検討する必要がある。

2、社会に出た日からブローカーに費用を支払う義務が生じる脱北者の場合、翌月の生活費が出るまで生活費の問題が生じ、新しい社会に足を踏み出すと同時に大きな経済的問題に直面することになる。この時期に、特に地域の社会福祉士はこの人たちに対する臨時の支援を提供する必要がある。社会福祉士がいない場合には、役所の社会福祉課が支援するなど対策が必要と思われる。


http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=00194

ダントンです。これは:『脱北移住者の心理的衝撃と回復経験』と言う本を
北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会の依藤朝子会員が翻訳した
もので北朝鮮から逃げてきた脱北者の心理状態と回復のための
プロセスを示したものです。
なかなか興味深い研究です。一般的に北朝鮮から逃げてくれば
幸せかという意見もありますが必ずしもそうとも言えない。
この点は日本に帰国した拉致被害者も同じだと思います。

脱北者を、一般の移住者ではなく難民として理解する
必要があると言う点もなかなか良い着眼点ですね。
現在、日本に来ている脱北者は難民認定を受けていません。
難民の定義の議論も必要だと思います。
脱北者支援で経済的な支援と同時に
心理的な支援も必要であるというも理解できます。
NGOだけでなく地方自治体や国の関与も必要であると言う点では
よく理解できます。

現在、日本でも200人近い脱北者が定住しています。
日本国内での脱北者に支援法も現在ない状況です。
日本国内での支援はNGO団体が行っています
が限界が来ているのも現状です。その点で具体的な法整備も
必要なのかも知れませんね。
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良いのでしょうか??

2010/03/06 13:18
金元工作員招致へ調整=拉致解明の一環−政府

 政府は、北朝鮮による拉致問題の解明に向け、拉致被害者の田口八重子さんとみられる女性から日本人化教育を受けた金賢姫元北朝鮮工作員について、日本招致への本格的な調整に入った。韓国で死刑判決を受けた金元工作員の入国は通例では認められないが、特別に許可する方向で検討する。
 中井洽拉致問題担当相は5日の記者会見で、「お招きしたいということで準備を始めた。相手方の返事を待っているところだ」と説明。中井氏は既に、岡田克也外相、千葉景子法相と会い、金元工作員の入国へ協力を要請している。
 金元工作員は、大韓航空機爆破事件の実行犯として死刑が確定、その後特赦を受けた。日本の出入国管理法は、懲役・禁固1年以上の刑が確定した外国人の入国を認めないと定めており、金元工作員の入国には特例措置が必要となる。この点に関し、岡田氏は「外務省として障害を取り除く努力をしていく」と述べた。 
 金元工作員は、昨年5月に訪韓した日本政府関係者に「横田めぐみさんに会ったことがある」と証言しており、政府は日本招致で事実解明につながる手掛かりを得たい考えだ。
 金元工作員は昨年3月に釜山で、田口さんの兄飯塚繁雄さん、長男飯塚耕一郎さんと面会した。

(2010/03/05-18:54)

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010030500841

ダントンです。金賢姫元北朝鮮工作員招致問題
が現実味を帯びてきました。
本当のこのような流れでよいのでしょうか??
以前もダントンが指摘しましたが金賢姫元北朝鮮工作員の
横田めぐみさんとのあった証言にしても時期が20年前以上
の話ですし、彼女の証言には日韓の情報当局関係者や
北朝鮮ウオチャーからも疑問の声も出ていますし、
金賢姫元北朝鮮工作員の周辺にいる関係者筋からも
日本国内での講演や本の出版、はたまた日本への
移住等のきな臭い噂まで出ています。拉致被害者家族会の面会
の希望もあるのかもしれませんが慎重な対応が必要だと思いますし、
大韓航空機爆破事件の遺族の方々に対する
配慮も必要だと思います。その意味でダントンは
今回の金賢姫元北朝鮮工作員招致には冷ややかな
見方をしたいと思います。
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北朝鮮人権問題:採決に反対の野党、与党は無関心

2010/03/04 01:10
北朝鮮人権問題:採決に反対の野党、与党は無関心
法制司法委員会への上程も見送られる
李明博 | 脱北 北朝鮮住民への人道支援や人権保護活動に対する支援を定めた「北朝鮮人権法案」の国会での採決に、またもやブレーキがかかった。先月には国会外交通商統一委員会で法案が可決され、法制司法委員会へと審議の場が移ったが、同委員会は臨時国会最終日となる2日の時点でも、この法案を全体会議に上程すらしておらず、最終的に今国会で通過する見通しはなくなった。


 4月国会でも採決は難しいとみられる。野党による妨害行為に、与党ハンナラ党の無関心まで加わっているためだ。米国では2004年、日本では06年に北朝鮮人権法が満場一致で採択されたが、北朝鮮人権問題の当事者である韓国では、逆に紆余(うよ)曲折を経て、未だに漂流状態のままだ。


 国会外交通商統一委員会は先月11日、民主党議員が退場する中で採決を行い、北朝鮮人権法案を通過させた。05年8月に初めて発議されて以来、常任委員会を通過するのに4年6カ月もの歳月を要したというわけだ。しかしその後、法制司法委員会は20日以上の会期が残っているにもかかわらず、この法案を上程しなかった。法制司法委員会の委員長を務めるのは、民主党の柳宣浩(ユ・ソンホ)議員だ。民主党は「外交通商統一委員会ではやむを得なかったが、法制司法委員会では何としてでも可決させない」という強硬な態度を示している。朴智元(パク・チウォン)政策委議長は、「韓国で北朝鮮関連の法律を制定したところで何をするというのか。人権法を制定して北朝鮮の反発を招くよりも、先ずは食糧支援から始め、少しずつ北朝鮮住民の人権状況を改善していくべきだ」と主張する。また法制司法委員会の禹潤根(ウ・ユングン)幹事も、「現時点で北朝鮮人権法を制定しても、北朝鮮の住民にとって何の助けにもならないだけでなく、むしろ南北間の緊張を高める結果に終わってしまうだろう」と述べた。一方、外交通商統一委員会所属の民主党議員らは、法案が採決されるまでのプロセスに問題があるとして、同委員会の朴振(パク・ジン)委員長(ハンナラ党)を国会倫理委員会に提訴している。


 このような動きに対してハンナラ党は、「人類の普遍的な価値である人権問題でさえも、政治論理を前面に出して取り扱おうとしている」として民主党を非難している。だが党内では、「国会の過半数議席を確保している政権政党として、自らの義務をしっかりと果たしているのか」という自省の声も聞かれる。李明博(イ・ミョンバク)政権発足後、ハンナラ党は国会が開かれるたびに北朝鮮人権法を「重点処理法案」だと宣伝してきた。しかし、昨年11月にはハンナラ党の一部議員が欠席したため、定足数を満たせず、外交通商統一委員会での採決の機会を逃してしまった。今回は外交通商統一委員会で何とか可決させたものの、その後は「世宗市問題」「地方自治体の統合」といった懸案のため、党執行部は同法の採決にそれほど大きな関心を示していない。金晟祚(キム・ソンジョ)政策委員長は先月26日、党の会合で脱北女性の悲惨な状況に言及し、「北朝鮮人権法案を迅速に上程し、採決しなければならない」として、民主党を非難した。しかし、同氏は本紙との電話インタビューでは、「(人権法は)法制司法委員会を通過したが、(次の段階である)本会議への上程は実現していない」と語るなど、基本的な事実関係も把握できていない。法制司法委員会幹事の張倫碩(チャン・ユンソク)議員も、「法案が非常に多く、(人権法の状況については)よく分からない」とコメントしている。


 「北朝鮮人権法案」には、▲北朝鮮人権状況の実態調査を行い、関連する研究・政策開発を遂行する「北朝鮮人権財団」の設立▲北朝鮮人権改善活動を行う民間団体への支援、といった内容が含まれている。


イム・ミンヒョク記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

http://www.chosunonline.com/news/20100303000015

ダントンです。このブログでも韓国の国会の北朝鮮人権法の
審議を問題にしていますがまさに野党は反対して
与党は関心ないという状況ですからこのような
韓国の状況では日韓では北朝鮮問題では
協力は出来できても共闘は難しいと思います。
当事者の一翼である韓国がこの状況では
仕方ないですね。
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『【正論】東京基督教大学教授・西岡力 韓国の現代史成功を拡大しよう』について

2010/03/03 13:01
【正論】東京基督教大学教授・西岡力 韓国の現代史成功を拡大しよう
2010.3.2 02:51

このニュースのトピックス:正論
 今年は「日韓併合」100年にあたる。日韓両国で歴史を振り返るさまざまな動きがある。日韓併合は1910年になされ、第二次大戦の終了した1945年まで続いた。35年間の出来事だ。100年を振り返るのであれば、併合終了後、つまり戦後65年をどう位置づけるのかがより重要となる。ところが、おおかたの議論は35年の評価に集中し、65年についてほとんど触れられていない。

 ≪日韓併合100年の意味は≫

 1945年以降の65年間の朝鮮半島の現代史は、韓国の経済開発と民主化の成功と、一方の北朝鮮における金日成、金正日両氏による独裁体制の国造りの失敗に特徴づけられる。国連の調査によると1960年から95年にかけての韓国の年平均の成長率は7・1%で世界1位だ。

 日本は戦後20年間、韓国との国交はなかったが、1965年に基本条約を締結して、国交を正常化した。貿易や投資、米国を間に挟んだ安保面での協力など目覚ましい友好関係を構築し、「韓国の成功」に寄与してきた。

 韓国との「過去の清算」の名目による資金提供は、1966年からの10年分割で無償3億ドル、有償2億ドルに及んだ。韓国政府の統計によると、これは、その間の韓国の経済成長の20%分に相当する寄与率があったという。「漢江の奇跡」と呼ばれた当時の韓国経済の急成長に、日本の資金の下支えが大きかった。

 日韓併合当時の日本では、朝鮮民族は自力では近代化ができないという見方が支配的だった。福沢諭吉は当初、朝鮮民族による近代国家建設のため朝鮮国の開化派を懸命に支援した。だが、度重なる失敗に絶望して、アジアの悪友と縁を切るべしとする「脱亜論」を提唱したのである。

 ≪60年戦争に勝利すること≫

 しかし、韓国の成功は朝鮮民族の近代化への能力を証明した。近代化の英雄、朴正煕元大統領の著書『韓民族の進むべき道』を読むと、自民族の歴史、特に日韓併合により独立を失った当時の朝鮮王朝のありさまについて辛辣(しんらつ)な批判が書きつづられている。

 明治期の日本知識人らが議論した朝鮮論と一見通底するようにも見える。しかし、朴正煕大統領には、自民族の弱さ、欠点を直視しつつも、それを民族内部の力により克服して、自力で近代国家建設を成し遂げるという強い決意があったのである。

 韓国の成功については、初代大統領、李承晩氏が自由民主主義と市場経済体制を選択し、米国との軍事同盟で国防体制を築いたことが大きい。朴正煕政権は、優秀な起業家と勤勉な勤労者により輸出志向の経済開発戦略を結実させ、それが1987年の民主化の土台となった。

 私がいま最も注目するのは趙甲済氏(月刊朝鮮前編集長)ら良識的保守派が提唱する「60年戦争に勝利し、100年植民地を解放しよう」というスローガンだ。すなわち、1945年に日韓併合は終わったが、朝鮮半島の北半部ではその後も金日成、金正日父子の独裁政権が残った。1950年に勃発(ぼっぱつ)した朝鮮戦争は今に至るまで60年も続いている。

 韓国による自由統一が実現してはじめて、半島全体の植民地からの解放が実現するという主張である。

 ≪親中国家の誕生を許すな≫

 私は昨年末、民間シンクタンク国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)の一員としてソウルを訪れた。同研究所は「鳩山政権は北朝鮮急変事態に備えよ。韓国による自由統一推進を戦略目標とし、中国による半島支配を防げ」という政策提言をした。ソウルで、韓国の軍、情報機関、統一省などの関係機関や民間の専門家、ジャーナリスト、脱北知識人らとその内容について真摯(しんし)な討論を行った。

 そこでは、北の金正日政権が近い将来、崩壊して、同地域で統制不可能な状況が生まれる可能性がある、それが韓国の国是である半島の自由統一を実現する絶好の機会となりうる、その2点でおおむね意見が一致した。

 日本にとって最善のシナリオはもちろん、米韓同盟を維持した自由民主主義国である韓国による統一である。日本はそれを支持すべきだという私たちの主張に韓国側からは、それこそが日韓併合100年の日韓両国が話し合うべきテーマだとの評価を受けた。

 その中には「日本の役割は韓国軍による北朝鮮占領を支持し、中国軍の撤退を要求すること。日本は自衛隊の派兵を示唆して中国軍の撤退を誘導するのも手だ」という提案があった。さらに米中間では、核廃棄の見返りで北に中国寄りの政権樹立を容認する密約が結ばれる可能性があるとし、「それを防ぐためのカードは日本と韓国の核武装であり、民間の研究機関や言論人がときどき、そのような声を上げることは大切」という大胆な提言も聞かれた。

 韓国の現代史の成功を北朝鮮地域にまで拡大することこそ、日韓併合100年を迎え我々が考えるべき優先課題である。(にしおか つとむ)

http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100302/kor1003020252000-n1.htm

ダントンです。1日の産経新聞の記事です。
日韓の歴史認識問題の議論は
的を得た感じを受けますがダントンとしては
以下のフレーズが理解できません。

>そこでは、北の金正日政権が近い将来、崩壊して、
同地域で統制不可能な状況が生まれる可能性がある、
それが韓国の国是である半島の自由統一を実現する
絶好の機会となりうる、その2点でおおむね意見が一致した。

北朝鮮の金正日政権が近い将来、崩壊すると
言いていますが何を根拠にそんなことを言うのか
全く理解できません。この書き方では
「お風呂に水を入れておいてその内、一杯になる」ような
議論です。

ではいったい誰が北朝鮮の体制を崩壊させるででしょうか?
アメリカですか?韓国ですか?中国ですか?
それとも北朝鮮の民衆ですか?

ダントンは残念ながら答えはNOです。
アメリカも中国も韓国も北朝鮮を崩壊させる気はないと思います。
さらに公開処刑や強制収容所の存在が
北朝鮮民衆の反乱を抑えています。
かりに金正日が亡くなっても中国による
ビルマ軍事政権型集団指導体制になるのでは思います。

ただ北朝鮮の拉致・人権問題の解決のいため
に私たちが北朝鮮国内へ
ラジオ放送をしたり、風船を飛ばしたり、
一位団結して北朝鮮独裁体制を
打倒を声高に叫ぶことが必要ではないしょうか?

その意味でダントンは
民間シンクタンク国家基本問題研究所の認識は
他力本願で非常に甘い見方ではと言わざるえません。

さらになぜ、拉致問題や北朝鮮の人権問題に対して
言及しないか大きな疑問です。
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衝撃の新作

2010/03/02 15:21
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【書評】『スギハラ・ダラー』手嶋龍一著
2010.2.28 08:37

「スギハラ・ダラー」 ■まさに前作しのぐ2作目

 今から30年ほど前に大ヒットした映画シリーズの第2作に、「前作をしのげないなら2作目を作る意味がない」という自信溢(あふ)れるコピーが付され、強烈な印象を残した。

 当時から今日まで、名作と呼ばれた小説や映画の第2作が凡庸な模造品に終わった例は枚挙にいとまがない。そこで、日本初のインテリジェンス小説として、多くの読者を魅了した手嶋龍一氏の名著『ウルトラ・ダラー』の第2弾である本書に対しては、いささか厳しい目で臨まざるを得なかった。しかし、久々に先のコピーに負けない第2作に出会えたと断言したい。

 手嶋氏のインテリジェンス小説の魅力は、どこまでが事実で、どこからフィクションかという虚実の皮膜にある。
 本作品でも、前作以来の主人公スティーブン・ブラッドレーが近年世界中を震撼(しんかん)させた金融パニック、例えばブラック・マンデー、9・11事件に端を発する金融危機、そしてリーマン破綻(はたん)といった諸事件の背後に蠢(うごめ)く存在を探る。その過程で、第二次世界大戦下、大勢のユダヤ系避難民に日本の通過ビザを発給して、多くの人命を救った外交官、杉原千畝(ちうね)にたどり着き、「スギハラ・サバイバル」と呼ばれた難民の一人に焦点が合わせられる。彼は、アメリカに渡ってシカゴ金融界の大物になり、革命的な金融商品を次々と生み出して、今日の金融グローバル化の一翼を担うのだが、実在の人物がモデルであることを知った時には「事実は小説より奇なり」との格言を改めて実感した。

 前作以上の知的興奮を味わったが、それは一般小説の何十冊分にも相当する膨大な情報が惜しげもなく盛り込まれているからこそと言えよう。

 杉原とポーランド将校の情報面における協力という、一見荒唐無稽(むけい)に見えるエピソードも紛れもない事実である。杉原のインテリジェンス・オフィサー面の有能さを初めて明らかにし、杉原研究にも一石を投じたことは、本書の奥行きの深さを象徴している。

 近年とみに高まっているインテリジェンスへの関心が十分に満たされるガイドブックの登場を心より歓迎したい。(新潮社・1680円)

 評・白石仁章(杉原千畝研究家)
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/100228/bks1002280837004-n2.htm

世界経済の衝撃、源流は神戸… 手嶋龍一氏が新作 

新著「スギハラ・ダラー」について語る手嶋龍一氏=神戸新聞社

 元NHKワシントン支局長で外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一氏が、国際金融市場を舞台にした「スギハラ・ダラー」(新潮社刊、1680円)を出版した。北朝鮮の偽ドル札を追ったベストセラー「ウルトラ・ダラー」(2006年刊)の姉妹編と位置づける。リーマン・ショック、米中枢同時テロ、ブラック・マンデー…世界経済を揺るがした衝撃の源流は、今から70年前の神戸にあった‐。手嶋氏にインタビューした。(宮田一裕)


 ‐新著の着想は?

 「端緒はNHKワシントン支局の記者時代。1987年、ニューヨーク株式市場が大暴落したブラック・マンデーに遭遇した。ニューヨーク市場が機能停止に陥り、米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長はホットラインを、シカゴ・マーカンタイル取引所とつないだ。“大津波”に襲われても、マーカンタイルだけは市場を開け続けていたからだ。不思議だった」

 ‐疑問は解決した?

 「ワシントン支局長の時だ。マーカンタイルを世界有数の金融先物取引市場にしたレオ・メラメド名誉会長に会った。疑問を投げ掛けると、自由な取引、自由な市場は命を超える存在で、閉鎖はまったく考えなかったと。なぜなら、自分がスギハラ・サバイバルだからだ、と語った」

 ‐「スギハラ・サバイバル」?

 「彼が10歳に満たないころ、祖国ポーランドは第二次大戦でナチス・ドイツとソ連に引き裂かれた。ユダヤ人の彼は家族とリトアニアに脱出したが、迫害から逃れられる可能性は万に一もなかったという。だが、日本の外交官・杉原千畝が命令に反して発給したビザを手に、シベリア経由で神戸にたどり着いて命を取り留めた。全体主義の猛威を目の当たりにした過酷な体験が、自由を死守する信念を生んだ」

 ‐「命のビザ」の日本の終着点は神戸だった。

 「日本唯一のユダヤ人組織があり、同胞を支援していた。日米開戦前に渡米したユダヤ人たちは、神戸が夢のようなところだったと話している。異質な者への寛容さ、包容力など本当に国際都市だったのだろう。パンも祖国よりおいしかったと言い、ひとときの安息を得た。物語の主人公たちが出会い、人生を定めることになった約束を交わす地に設定した」

 ‐主人公たちは戦後の金融史に深くかかわる。

 「金・ドル本位制のブレトンウッズ体制が71年のニクソンショックで崩壊し、基軸通貨ドルは変動相場制に移った。その後にできた為替先物など金融派生商品は、スギハラ・サバイバルが生みの親だ。国境を越えるドルを生みだし国際金融の一つの潮流を築いた」

 ‐創作の動機は?

 「人道主義で語られる杉原千畝にはインテリジェンス・オフィサー(情報士官)の顔がある。昨年、幸子夫人が亡くなり、ポーランド側から回想録などが出始め、書くための機が熟した」

 「もう一つ。ワシントンで報道に携わった米中枢同時テロでは、米捜査当局が首謀者ビンラディンを追い続けているが、足取りをつかめていない。惨事の陰で次のテロや逃亡資金を稼いだのではないかといわれている。自分なりの答えを出し一つの区切りを付けた」

 ‐作品に込めたメッセージは?

 「戦後の日本は経済大国にはなったが、米国の核の傘に身を潜め、世界秩序の創造に関与し切れていない。しかし一介の日本人外交官がまいた一粒の種が世界を変えた。この壮大な流れの中にわたしたちもいる。新著のラストでは21世紀の大国、中国の行方にも言及した。どう付き合い、どう切り結んでいくか。神戸の街は中国を肌感覚で知っている。東京にはない潜在力だ」


■あらすじ

 今から70年前の神戸で、二人の少年は出会った。地元の雷児と、ナチス・ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人のアンドレイ。二人は国際金融の世界を生き抜く。

 北朝鮮の偽ドル札を暴いたスティーブンらは株式市場が大暴落するたびにうごめく影に気付く。彼らの運命の糸は2008年秋、リーマン・ショックで交差した。


てしま・りゅういち

 1949年、北海道生まれ。2001年9月11日の米中枢同時テロでは、NHKワシントン支局長として11日間連続の中継放送を担当した。05年に独立。現在、慶応大教授も務める。

http://www.kobe-np.co.jp/news/keizai/0002747620.shtml

ダントンです。今日は新刊の紹介です。日本人の拉致被害者が
北朝鮮で偽ドルを作らさていていると北朝鮮の偽ドルの実態を
暴いた前作の「ウルトラダラー」の手嶋龍一氏が新作を
発表しました。新作の「スギハラダラー」では
原点が第二次世界大戦の時にリトアニアのカウナスで
6千人のユダヤ人を助けた命のビザで有名になった
杉原千畝であり、彼はインテリジョエンスのオフィサーで有ったとする
ものです。是非とも読んでみてください。
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体制崩壊の前兆でしょうか??

2010/03/01 05:27
脱北支援依頼相次ぐ 東京のNPO 経済悪化引き金か (02/28 07:59)
 
北朝鮮からの脱出(脱北)する人たちを支援するNPO法人・北朝鮮難民救援基金(東京)への依頼が昨年から相次いでいる。過去に日本から帰国した住民からの依頼が多く、北朝鮮の経済悪化を引き金に日本などへ出国を図る動きが強まっているとみられる。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/international/218001.html

ダントンです。北海道新聞の記事ですが小さな記事ですが
この記事の話が事実ならある意味、体制崩壊の前兆と
受け取る事も出来るかもしれません。
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